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2007-02-12  カテゴリ: 香港中国出張日記 1992-1995

【香港中国わかばマークの頃】 (1) 初めての海外旅行 - 香港ひや汗紀行 (1992.1.11-14)

初めての海外旅行 - 香港ひや汗紀行

私が初めて海外に出たのは1991年11月、出張で一人韓国へ。旅行は翌1992年1月に香港と深圳へ。国内外旅行ともにツアー旅行を利用したことがありませんのでハプニングも無駄も多いです。
この「初めての海外旅行 - 香港ひや汗紀行-」はまだ香港が返還されていない1992年、初めての海外旅行でのことです。

香港・中国若葉マークの頃 【1】 初めての海外旅行 - 香港ひや汗紀行

1992.1.11(土) - 1.14(火)香港・深圳
By Sceneway
その瞬間、あせりが体中を駆け巡った。初めての海外旅行。この香港の八百伴に近いマンション、鍵が開かない。いくらガチャガチャやってもダメ。おかしい、どうして..... 。一人立ちつくしてしまった。


昨年11月に韓国へ一人、四日間の出張に出た。初めての海外。空港に降り立った時のほのかなキムチの香り、ハングル文字の看板、オレンジ色の照明に照らされた街の色、四ッ目の信号灯、見るもの全てが日本とは違う好奇心でいっぱいだった。
それから2ヶ月後、香港に住む日本人の友を訪ねてこの香港にやって来た。香港往復のディスカウント・チケット9万4000円、香港・啓徳空港に着いたのが2日前のこと。

空港には友人が迎えに来てくれていて、そのまま彼のマンションへタクシーで向かった。マンションは黄埔花園、約60㎡の広さで引っ越して間もないという。家賃は20万円と目が飛び出そうな高さ。彼の入れてくれたコーヒーを飲み、思い出話などをしながらしばし休息、来ていた郵便物でここの住所を手帳に控える。

旅行会社から帰りの飛行機のリコンファームを72時間前までにするように言われているが、電話ができないので外へ出て帰りの飛行機のリコンファームの電話をする。

「えー、リコンファーム プリーズ」
自慢じゃないが中学校以来、関西弁を除いて語学には全く自信がない。幸せなことに何とか理解してくれたようだ。
「マイ・ネーム・イズ・...............」

香港に来る前、英語の達者な人に電話の方法を相談したことがある。彼の曰くは、「相手が聞いてくることを先にこちらから言え」ということであった。よし、実践してみよう。名前、便名、期日などを伝えると、向こうから確認のおうむ返しがある。これだけで終わってくれというこちらの願いとは裏腹にさらにいろいろ聞いてくる。煙草は吸うかとか、とにかくいろいろ。何かゴチャゴチャ言っている。弱った。でも何とかしないと。向こうも弱っているだろうな。結局、名前をフルネームでアルファベットで言え、と言うことであった。なあんだ。ともかくも、初めての「英語?」での電話が通じたことが恥ずかしながら嬉しかった。
夕方、友人と共に香港から広州へつながる鉄道、KCRに乗って中国深圳へ向かった。深圳・羅湖駅から西へバスで40分くらいの「蛇口」という所に彼の奥さんがいる。彼女は中国人で、まだ日本のビザがないため、蛇口にマンションを借りて住んでいる。彼は週末を彼女と過ごし、月曜日の朝、中国から香港へ通勤するという生活を続けている。

結婚すればビザはすぐ与えられるという国も多いが、中国人と結婚をしてビザを申請しても早くて半年はかかるとのこと。中国人が結婚のためのパスポートを申請して発行されるまで約1ヶ月かかるというので、結婚してから日本で一緒に生活できるまでには1年近く待たなくてはならない。しかも結婚を届けたあとの戸籍には妻の欄が空白、ただ注釈欄に「中国方式により結婚の届出を受理」とだけ記載されていることが空しい。日本政府から祝福されない結婚なのだろうか・・・

2001年国慶節
中国側イミグレの大混雑

KCRで香港九龍駅(現在のホンアム駅)から中国国境の羅湖駅まで行く。羅湖駅では電車を降りると、乗客は出口に向かって一斉に走り出す。ここから中国へ行く香港人が非常に多く、入国審査で時間がかかるため。特に今日のような土曜日は多く、悪くすれば改札を抜けるまで30分から1時間待つと言う。

中国税関近くのオフィスで香港ドル85元、5日間有効の深圳経済特区内ビザを買って通関する。ビザの取得はいたって簡単、申請書に必要事項を書き込み提出すれば5分位でビザを取得できた。

2階の外人用の税関(香港人は1階の税関)はほとんど人がいない。イミグレを出ると、奥さんが迎えに来てくれていた。
「ニーハオ」
初対面、知っている数少ない中国語で挨拶をする。

友人は普通話(標準語)なら中国語はぺらぺらのようだがこの広東省や香港で話されている広東語は分からないと言う。奥さんは広東人で広東語が母語。でも高校卒業以上の人なら普通話は問題ないとのこと。彼女は問題ない。彼は奥さんと何か言いながら笑いあっている。なかなかいい雰囲気。これから彼女のマンションに行き、泊めてもらうことになる。
彼はバスで行くかタクシーにするかと聞いてきた。バスといってもまともなものを想像しては駄目だという。それは楽しみだ。好奇心が頭をもたげる。バスで行こうと返事をする。バスで彼女のマンションへ向かう。

バスはマイクロバスの中古の中古のようなもので、座席は体が動くと一緒にずれる。室内の照明は豆球のようなものが天井からコードでぶら下がっている。独特のサスペンションでごとごと動きだした。
深圳と蛇口の中間くらいのところでバスを降り、韓国風レストランで夕食。中国人にとっては贅沢な所だそうだが、中国人も結構多い。中国のこのあたりの普通のワーカーの給料は日本円で5000円くらいだと聞いていた。メニューを見ると給料に比べて確かに安くない。

再びバスに乗って蛇口の彼女のマンションへ。彼女の部屋は8階、エレベーターがないので階段を上がる。部屋は広い。25型のテレビ、クーラー、そして夫婦連絡用(?)の電話と揃えてあるが、日本人の妻ならということもあって、買い揃えるにはいろいろ悩んだそうだ。

この日は友人の通訳や筆談を交えて、夜遅くまで3人で話をする。僕が知っている中国語はイー、アー、サン、スー........と数字を数えると彼女はびっくりした顔をする。更に、ウォー・アイ・ニーと言うと、顔を手で覆い恥ずかしがるそぶりをした。なかなか可愛いと思った。明日は中国民族文化村を案内してくれると言う。
翌朝、近くの食堂で飲茶を食べ、バスに乗り民族村へ。入場券には香港ドルで160元と書いてある。中国人の場合は数十元位だという。
民族村は中国各地の名所を、野外にミニチュア模型を作って展示してある。入場料が高いだけのことはあってとにかく広い。真剣に見て行けば一日では難しいかも知れない。桂林、万里の長城まであった。売店でポップコーンを買って嬉しそうに食べる彼女の顔が印象的だった。

時々、彼女の口から「ブス」と言う言葉が聞こえてきてどきっとする。日本語のあのブスと全く同じ発音なのである。聞いてみると、「不是」という isnot の意味であるとのこと。純粋の普通話では「プー・シー」と言うのだそうだ。それにしてもブスとはびっくりする。彼女にそのことを言うと、「わたしは ブスです」と日本語でおどけて言う。





民族文化村
★锦绣中华










使い捨てカメラで適当に写真を撮りながら見て歩く。中国人は写真を撮るとき必ずと言っていいほどポーズにこだわる。ちょうど、タレントがプロマイドを作るようにポーズをとる。民族村でも例外ではない。一人の女性が座りながら手を頬にあてたり、向きを変えたりしてスカートの裾が皺になってきている。僕は手すりに頬杖をして何気なく見ていた。その時、彼女はスカートの裾をつかんだと思うと、下着も見えよとばかり思いきり上に持ち上げ裾を直した。
「は・・・・」
一瞬目が点になってしまった。残念ながら下着は見えなかったが、口が半開きで言葉も出ない。友人の細君もその様子を見ていたようで僕の方に見るな、と手で合図しているが、見えてしまってからではね。
友人はよく上海に出張するらしいが、女性が自転車に乗るとき、暑いため、両手でスカートの裾をつまんだままハンドルを持つ所をよく見るそうである。下着が見えそうで見えないのだそうな。それを奥さんに言うと、上海には行くなと言うそうだ。中国人はやきもちやきが多いと言う。
昔の旅行記を見ていると少しずつ思い出してきます。ミニバスのひどかったこと、道が雑然としてでこぼこだったこと、周りの風景に木々が少なく赤茶けていたこと。煉瓦を投げ合ってけんかをしているのがバスから見えました。
ほんとに今の深圳は天国ですね。それでも私は当時の深圳の姿をけっこう興味深く見ていました。初の海外旅行だったからでしょうか・・・
それにしても奥さん、今とは違って、この頃は私にたいそう気を遣っていますねえ・・・

夕方、再び彼女のマンションへ。夕食は彼女の手料理を食べさせてくれるらしい。一緒に市場へ買い物に行くと、肉や野菜がたくさん並んでいて一斤(約500グラム)あたりの値段が書かれている。びっくりするほど安い。品質の悪い物もあるとかで、中身を確認しながら買う。

彼女が料理をしている間、友人と二人で本屋へ行く。色は白いのだが薄い藁半紙のような紙の本が多い。「中国交通旅游圖冊」と書かれた中国の地図帳を買う。紙の質は良い方だが他の本に比べ値段が高い。それでも日本円で100円もしないという安さ。買うときがまた面白い。売り場で伝票をもらいレジでお金を払い、その領収を持って本と引き替え、ということをする。不正の要素を無くすためだろうか。

彼女の手料理をご馳走になる。本だけで勉強したという日本料理だが、とてもよく雰囲気がでていて感心する。味噌汁も作ってくれていたが、なぜかキャベツが入っている。しかし、それも気にならないくらいおいしい。中国人は料理の才に長けているのだろうかと考える。
食事のあと、シャワーを勧められる。まず客が済まないと家人が入れないというので、お先に失礼する。
友人がシャワーを浴びている間に、奥さんが日本語の教則本や日本料理の本を嬉しそうに見せて、身ぶり手振りでいろいろ説明してくれる。今、深圳大学で夜間の日本語講習を受けているらしい。

さあ、明日は月曜日、香港に戻る。友人は仕事だし、香港を1人で歩くことにしよう。タクシーは行き先を紙に書いてみせればいいし、地下鉄も地図があるからどうにかなるだろう。スターフェリーもいいかも知れない。
早朝、奥さんが羅湖駅まで見送りに来てくれた。別れ際、日本語で「てがみ」と言い、手振りで手紙を書くまねをする。「OK」と頷き、友人と2人で列車に乗り込んだ。彼は職場に向かうため、途中の九龍塘駅で降り地下鉄に乗り換えた。僕は彼のマンションの鍵を預かって1人終点の九龍駅(ホンアム駅)に行く。この駅から彼のマンションまでは歩いて15分ぐらいだろう。歩いていくことにした。目印の八百伴が見えてきた。

 保安のためマンションの入り口で暗誦番号を入力するようになっているが、うまい具合に入り口の扉は開いている。エレベーターに乗って5階のDへ。鍵を鍵穴に挿入する。ガチャリと開くはず......?。えっ、そんな......。どうしよう。何回やっても同じ、開かない。あせった。こんな筈はない。1階へ降り、5階Dの郵便受けの鍵穴にも鍵を入れて試してみる。少し堅めだが開くことは開く。中は空だった。もう1度5階へ。やっぱり駄目だ。こんな所で迷子になる訳にはいかない。

 1階にいた管理人さんに身ぶり手振りで鍵が開かないことを告げた。彼は何のかんのと言っている。広東語らしい。手帳を出して書いてくれと身ぶりで示す。書かれた文字は「貴國」。そうか。習いたての中国語で「リーベン」(日本)と答える。リーではなく難しい発音らしいのだが、リーでいいと友人が言っていた。彼は「オー、オー」と言い、2度3度頷く。意志が通じたのが嬉しかったのかにこにこしている。しかし彼はここに住んでいる日本人は5Dの部屋ではないと言う。ああ・・・。すったもんだの挙げ句、彼はトランシーバーでどこかへ連絡をしている。

 しばらくすると、恰幅のよい制服の紳士がやって来た。服装からして警官のようだ。彼は英語で話しかけてきた。この僕に英語?。けれどもそうも言っていられない。きき耳を立て、一語一語よく聞いてみる。どうもお前の住所はどこだ、と言っているらしい。先日、書き留めた住所を見せると、彼はその住所を何度か呟き、僕に外へ出ろと手招きする。ついていくと、彼は2階付近を指さした。そこには7棟を示す「7」の表示がある。そうなのだ。僕は棟を間違えていたのである。瞬間のうちに安堵感が体全体に広がり、力が抜けていくのを感じた。よくぞ住所を書き留めておいたものだ。
まだ「世界之窗」がなかった頃の深圳、車酔いに苦しみながらも明るく案内してくれた奥さん、帰国後、奥さんに電話をしました。彼女は日本語を話そうと教科書を繰り、言葉を探しているような感じ。「沒有、沒有」(無い、無い)と言いながら一生懸命になっているのが、印象的でした。

2人のその後は、返還前の香港で、中国人が香港に滞在するには制限があって許可がなかなかおりないので、友人は東京の関連会社に3年間勤め、奥さんとともに東京で過ごしたあと、弁護士を立て奥さんの香港のビザをとり香港に戻ってきました。2人が香港でともに生活するために彼女の日本のビザ申請期間も含めてなんと4年以上を費やしたことになります。

今、彼女は日本語はぺらぺら、大阪語もこなします。香港在住7年を超えて広東省戸籍から香港戸籍に移動、すなわち香港人となって香港で生活を続けています。
今がこんなことで4年も費やさなくてもよい時代であることを祈って・・・・そして戸籍も・・・
香港ひや汗紀行
終わり
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2007-02-12 コメント(4)

コメント (4)

ChinaART   2007-02-10  (16:03)  

おお、ラッキーですね。いえいえ、発音が良ろしいんでしょう!!

こまは、香港で珈琲を頼んでコーラを出されました。(;_;
グリーンハウスでです。(なんでやねん!?そのまま飲んじゃいました)
大陸では、「リコンファーム」は通じないわ、アルファベットも通じない
わで、何時も苦労していました。
会社の出張だったので、途中からホテルのコンシェルジに依頼する
ようになっちゃいました。

今はチケット注文時には、携帯で短信打ってます。(^^v
(CAは、国内外共にリコンファーム不要ですので掛けずに済んでます)

「リカンファーム」と言わないと通じない大陸、まだまだ遅れています。
だって、航空会社に掛かっている電話、「りこんふぁーむぷりーず」
のような音が聞こえたら、仕事上普通は判るでしょ!(`_´#
そんな事からでさえ、応用力のない国民性が良く判りました。

sceneway   2007-02-10  (20:11)  

>発音が良ろしいんでしょう
ははは・・ (- -;

僕も同じ経験がありますよ、コーヒーを頼んでコーラが出てきたこと。
コーヒーは日本語のままコーヒーという方がわかってもらえました。
日本人になれているのでしょうかねえ。香港のホテルでのことすが。

最近の事情はわからないのですが
もうリコンファームは必要ないのでは?

ChinaART   2007-02-10  (20:52)  

>グリーンハウス
?・・・・何書いてんだろ・・・「エバーグリーンホテル」です。
ボケが廻ってるかも。。。(- -;

sceneway   2007-02-10  (22:04)  

ははは。

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