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2008-04-15  カテゴリ: 香港初在住日記 1996-1998

《香港初在住日記》(175) 春節帰省1998 奈良へ - キャセイCX502 (1998.1.24)

【175】  1998年1月24日(木)  春節帰省1998 奈良へ - キャセイCX502

今日夕方4時半の便で日本へ。キャセイパシフィックCX502、関空行き。
ゴロゴロの鞄を二つ、一つにはVCDが100枚ほど入っている。2時過ぎタクシーへ。60香港ドル。

さすがに春節、チェックインカウンターはかなり混み合っている。
早く来たつもりだったがチェックインの混雑で手間取り時間的に余裕が少なくなった。3時50分のゲートオープンということで3時くらいまでに食事をすませるためいつものセルフサービスの店でサンドイッチを食べる。3時過ぎイミグレに行く。
香港では金属探知器の感度が敏感すぎるので身につけている金属物を全部鞄に入れてX線ゲートを通る。

飛行機の出発時刻はどんどん遅れ、5時前の離陸だった。
春節の一時帰国なのか、ほとんどが日本人のようだ。
長くキャセイに乗らないうちに機内はかなり変化している。噂通り座席ごとに液晶のテレビが付いている。
キャセイにもかかわらず機内でも日本語のアナウンスが多い。以前はこれだけ日本語はなかった。日本語のアナウンスもこれぐらいが普通になったのだろうか。
香港の日本人に対する実態が暴露されて香港の日本人客は40%程度まで落ち込んでいる、と言うが・・まあ今日の乗客は帰省客が多いということだろう。映画を見て過ごす。

関空へは少し遅れて到着。
9時32分の関空快速で天王寺へ。天王寺で家に電話をかけるひまもなく10時20分の大和路線快速がやって来た。乗り換え。10時50分郡山着。
電話して車の迎えを頼む。
この頃の香港の空港は小さな啓徳空港。町の中にあるので便利ですが、タクシーを使うので金額的には高いのです。

1998年当時の啓徳空港

2008年4月 深圳



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2008-04-15 コメント(2)

コメント (2)

白い恋人   2008-04-16  (19:18)  


啓徳空港懐かしい。街の真中、降り立つ飛行機が
家のマンションの窓から見えました。
香港返還の時、江沢民が一歩を踏み入れたのも此処でしたね。
あれから11年、変わりゆくシンセンの街。写真を見ると
変化の早さがわかりますね。これは本当にシンセン・・。
後に西安もこうなるのか・・。

sceneway   2008-04-17  (01:01)  


マンションの窓から降り立つ飛行機が見えるとは一等地にお住まいだったのですね。
啓徳空港は1998年の7月までした。アクロバット的な飛行があるので事故が起こりやすかったとか。

深圳の写真は私のマンションの裏山に登って撮影したものです。建設中のマンションの隣が私のマンション。
思いがけず深圳の経済特区が西(深圳湾大橋)から東(梧桐山)まで、おまけに香港まで見渡せるGスポットを発見しました。もう少しすれば空気の透明感が出てきますので撮影待機中です。

深圳が都会の整備なら西安は奈良や京都のような整備になるような気がしているのですけどね・・・

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